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ー記者マツモト、槍を投げる! ~10本インタビュー 第6章~

ヤリナゲインタビュー

(劇)ヤリナゲ インタビュー

ー記者マツモト、槍を投げる! ~10本インタビュー 第6章~

10本インタビュー第6章は、大森晴香氏(演劇プロデューサー・十色庵管理人)です。

大森晴香氏(演劇プロデューサー・十色庵管理人)プロフィール

十色庵管理人、合同会社時間堂代表社員。元・時間堂プロデューサー。

専門学校で舞台俳優の勉強をしたのち、応用演劇への関心から大学へ進学、学業の傍ら当日運営として活動開始。卒業後は人事系経営コンサルティング会社の営業職を4年弱経験。2011年に退職後、フリーの制作として活動。2012年、時間堂に専属プロデューサーとして加入。全国ツアー、海外小説の舞台化、専有スタジオの開設と劇団法人化を実現。2016年末に時間堂が解散、今後の展望を模索している。

―本日はよろしくお願いいたします。さっそくなのですが大森さんの自己紹介と、(劇)ヤリナゲとの御関係について教えてください。

大森 今の肩書は、東京都の北区赤羽にある十色庵というスタジオの管理人です。十色庵というのは元々昨年末まで時間堂という劇団の持ちスタジオだったものを、劇団が解散したのでプロデューサーだった私が引き継ぎました。

その仕事以外にいろんな団体やアーティストのプロデュース公演、劇団公演などの制作支援をしています。

ヤリナゲとの関係としては、越君が時間堂のワークショップに参加してくれた時に初めて出会って、「大森さんって、東葛高校(千葉県立東葛飾高等学校)出身なんですよね、僕もです。」って言われて(笑)。

ー同じ高校の先輩後輩なんですね!

大森 歳は10歳くらい離れているから在学時代はもちろん全然被っていないんですけども、同じ高校の出身です。

その後越君は時間堂で黒澤世莉から演出の勉強をしていたんですけど、そのうち自分の劇団の公演をやるにあたって制作の相談に乗って下さい、という話になり、過去のヤリナゲの公演で制作協力をしていました。

そもそも発想がおもしろい

ーなるほど!ちなみに初めてご覧になったヤリナゲ作品は何でしたか?

大森 『スーサイド・イズ・ペインレス』(第5回公演 2015年3月25日‐29日 於 王子小劇場)ですかね。すげえおもしろかった(笑)。

ーおお!

大森 おもしろいものって、突き詰めていくと「おもしろかった」しか言えなくなってしまって。もうちょっと言葉で魅力を語りたいんですけど。

もちろんまだ発展途上で、いろいろ「もっとこうしたらいいのに」という所がないわけではないんだけど、そもそも発想がおもしろいとか、着目点というか「こういうことを書きたい人ってあんまりいないかも」ということを思いました。

ーなるほど!

大森 これはきっと越君の思うつぼなんですけど、なんだか自分がその場面の中に入ってる感覚になってしまって、イライラしたりとか口を出したくなったりする感覚がありました(笑)。

たとえば舞台上のミーティングの場面を観ていて、「あるある、そういう風になるミーティングある、すごい仕切りたい!」みたいな(笑)。

おなかを叩いてゲラゲラ笑うという瞬間よりも、なんかこう、思わず笑いがこぼれてしまうような感じで。

ーふむふむ。

大森 あと本番は観ていないんですけど、時間堂が大阪公演に行っているタイミングに十色庵でやった公演で、仕込みだけ立ち会ったのが『フランドン農学校の豚』(番外公演 2014年10月25日‐26日於 十色庵)ですね。その時に通し稽古を観たんです。

あの美しいあさきさん(中村あさき 元・(劇)ヤリナゲ)を豚役にするという恐ろしい企画でしたね(笑)。

大森 ヤリナゲの作品を観ていて、越君とは笑いのツボが結構近いんじゃないかと思っていて。だから越君のおもしろポイントは結構おもしろがれる気がします。

わかりやすい「お笑い」とはちょっと違うのかもしれないけど、ちょっと皮肉で笑えるとか、ちぐはぐで噛み合わなくて笑えるとか。すごく分かりやすく狙ってゲラゲラ笑えるものを作ってるわけではないと思うけど、笑わずにはいられないというか。

笑っているうちに、ちょっと怖くなる

大森 でも笑っているうちに「そういうことって自分にもあるよね」ということにふと気が付いてしまう瞬間があって、ちょっと怖いです(笑)。

罪なく笑ってしまうけど、「私もそういうことしてる、人のこと言えない」ってゾッとする瞬間がちょいちょいあります。

ー多くの方がおっしゃる「笑いが返ってくる」という現象ですね…!

大森 たぶんそれって越君が書いてるものも面白いんだけど、それを体現する俳優たちにもそれがちゃんと伝わって作られてるからおもしろいんだと思うんです。

『翳りの森』(第8回公演 2016年8月30日-9月4日 於 十色庵)なんかも越君が書いていないけど(作:阿部ゆきのぶ(ゲンパビ))、でもやっぱりヤリナゲワールドになっていたし。この作品を越君が面白いと思ってやりたいと思った、というのも「なるほどな」と思うところがありましたね。

人間がやるからおもしろい

大森 私がまだ10代の頃、一応演劇を志してたのでチェーホフを読んだんですけど面白さが分からなくって。「四大喜劇とか言ってるけど最後誰も幸せになっていないじゃん!」というか、落ちぶれてお家がなくなっちゃった話とか、若者が自殺しちゃった話とか、「どうなってんだ」と思ってたんですね。

それをのちにたしか新劇の劇団が上演しているのを観た時に初めて笑えて、「あ、人間がやるから面白いんだ、これ」ということに気が付いたんです。

ー活字としての戯曲というよりは実際に上演されてこそ、ということですね。

大森 活字で読んでもそんなに面白くないしむしろ「これを笑うなんて不謹慎」ってちょっと不快だったりするんですけど、それが人間の体を通してやると笑えちゃうし、バカみたいなところがいとおしかったりする。

「そんな愚かなことをするなんて」と思うけど、「でもやっちゃうよね、人間って」というか。

そんなことをチェーホフの上演を観て初めて思ったんですけど、越君の作品にも、もしかしたらそういうところがあるのかもしれないです。

ーチェーホフ的なるものですか…!

大森 ただ書いてあることのあらすじというか要旨だけかいつまんでまとめたら、もしかしたら不謹慎かもしれないことを扱ったりもしますよね。たとえば『緑茶』の出生前診断のことも、詳しい話を聞きに行った時に「あまり軽々しく扱ってほしくないテーマだ」ということを言われたりしたそうなんですけど。

たしかにそれをただ面白おかしく話題にして、ただテキストにしただけだったら不謹慎で終わってしまったり、その問題の渦中にある人にとってはあんまりおもしろくないものになってしまったかもしれない。

けどそれが演劇になって俳優の身体を通して上演されると、そのおかしみとかおもしろみも含めて愛すべきものに思えたり、それがきっかけで興味を持つことになったりするんですよね。

決して馬鹿にしているわけではなく、敬意をもって笑っている感じがするのかな。

ーなるほど!

みんなちがってみんなだめ

大森 なのですごく繊細な話題を取りあつかっていても、好意的にみられるのはそういうところなのかもしれないです。

たとえば去年(2016年)の一時期、LGBTなどのセクシュアルマイノリティ、同性愛の話や、一対一じゃない恋愛の話を題材にしたお芝居がやたら流行っていた時期があったように思うんです。

そういう時にもそれらの問題に対して「そういう考え方もありだよね」という形で、そこにちゃんと愛があって書かれているケースだと、考えの違いがあるからこそ話がずれて、それが面白くなることもあるんです。

でも一方であんまり好意的に書いていなかったり、ただ「流行りだから」というので取り上げている感じがしたり、「盛り上がるから」「注目されるから」やっているというケースと二つあったように思います。

ーなるほど。

大森 後者の方だったら私は不快になってしまうと思うんですけど、前者の場合だとみんなバラバラでみんないいというか、むしろみんなちがってみんなだめっていうか(笑)。そこでは違いが個性としてちゃんと認められているんですよね。

自分も含めて「人間ってうまくいかないもんだよね」「出来ないこともあって、だめなところもあっていいよね」という、それぞれの違いを肯定するようなところが、越君の作品全般にはある気がします。

―ありがとうございます!中でも印象深かった作品はありますでしょうか。

大森 作品としては、やっぱり『モニカ』かなと思います。どれも甲乙つけがたいんだけど、『モニカ』がいちばんおもしろいと思うのはなぜだろうか…(笑)。

どっからこんな面白い俳優を

大森 ヤリナゲのおもしろさというのは越寛生の台本や演出のおもしろさもあるし、あとは「どっからこんなおもしろい俳優を連れてくるんだ」というキャスティングの面白さもあって。「こんな面白い俳優いたんだ!」というのを発見するというか。

そういう意味では『緑茶』(再演)もそうですね。『緑茶』(再演)の時は王子小劇場の”トライアル”といって王子小劇場で上演する若手の劇団が一堂に会して一緒にオーディションをやるという企画があって、それで採った人が出演していて。

なのでまったくヤリナゲを知らずに、ただ王子小劇場で上演される作品のどれかに出演したいと思って来た人も出演していた作品だったんですけど、でもやっぱり「面白い人発掘してくるな」という印象がありましたね。「どうやってああいう人を見つけてくるんだあの人は」というか(笑)。

大森 小劇場で観るキャストって、多くの部分がたぶん知り合いとか元々観たことがある人へオファーするとか、もしくはオーディションでそこに出たい人を連れて来るかだと思うんです。そうは言っても似たような系統の人が集まったり、「類は友を呼ぶ」といった状況になる部分はあると思うんです。

でもヤリナゲだと不思議とみんなバラバラの個性があって(笑)。

大森 たとえば澤原剛生さんは『モニカの話』のときすごい挙動不審な役で、普段から挙動不審なのだろうかと思って笑いが止まらなかったです(笑)。

(『モニカの話』舞台写真より 撮影:細谷修三 左から澤原剛生さん、田中健介さん(しあわせ学級崩壊/演劇集団宇宙の喜び))

いろんなところを知ってる人が入る劇団って、いい。

大森 あと浅見臣樹君は元々時間堂界隈にいた人だから知ってたんですけど、ずっとフリーだったのに割とあっさりヤリナゲに入ったというのは意外でした。

いろんなところを知ってる人が入る劇団っていいよね、と思って見ています。いろんな面白い団体を知っているのに、その中でもヤリナゲには入りたいと思ったんだな、って。

『モニカ』の浅見君もすごい面白かったですね。普段知っている浅見臣樹くんとその役との境目が大変あいまいで、とても嘘がなかった(笑)。

ちゃんとやっていただろうし、もちろんあれは彼の人格じゃないはずなんだけど、でもそう見える位無理して作っている感じがなくて面白かったです。

越君の作品とか演出が馴染んできたのかもしれないですね、浅見さん。「ああ、そういうこと言いそう!」っていう感じで見ていた(笑)。

(『モニカの話』舞台写真より 撮影:細谷修三 浅見臣樹さん 中村あさきさん)

ー越さんは面白い俳優の発掘能力が高いんですね。

”越マジック”

大森 たぶんその俳優が変な力をいれて「わたし演劇やっています、お芝居やっています」という感じじゃない、「いやすい」「やりやすい」体で作品に出られるようなアプローチをしてるんじゃないかな、と思います。

極端な例で言うと、岸田國士の作品とかやると「格調高い日本語を喋っている格調高い私」という体になっちゃう俳優さんって結構いたりして。「~ですわ。」とか普段言わないから、自然と体もお上品になっちゃう、というか。

それを狙っている演出ならいいんですけど、とってつけたような上品さだと「あの人普段違うんだろうな」ということが透けて見えてしまったり、「これはお芝居であって現実ではない」っていうことがすごくはっきり分かってしまって、あんまり入り込んで観られなかったりするんです。

大森 ヤリナゲは現代語だからということもあるかもしれないけれど、それだけじゃなく、あたかもその人物がそこにちゃんといて、存在して、生活して、言葉を発しているという感じがするんです。

元々そういうタイプの作品づくりをしてきていたと思うけど、『モニカ』では特に自然だった気がします。何かが変わったのか、浅見君とかあさきちゃん(中村あさき 元・劇団員)とか長くやっている人が軸にいたからなのか…。まあでも初めて参加していた人もいたわけですしね。「越マジック」なのかもしれません。

制作協力としてーいずれ自分たちで出来るようになるためにー

ーありがとうございます!さて、ここからは本業といいますか、大森さんが制作協力としてヤリナゲと関わった時のことについて詳しく伺いたいと思います。

大森 『2 0 6』(第6回公演 2015年8月12日-16日 於 王子小劇場)でまず一回一緒に公演をやってみて、二回目の『緑茶すずしい太郎の冒険』(再演 第7回公演 2016年3月24日-28日 於 王子小劇場)ではなるべく私が手を出さずに一回目で知ったことを自分たち(劇団員)で回せるようにして、三回目となる『翳りの森』(第8回公演 2016年8月30日-9月4日 於 十色庵)の時には制作業務を自分たちだけで出来るようにしよう、という計画で進めました。

ー大森さんが直接全部請け負っていたわけではないんですね。

大森 もう少し詳しく言うと、『2 0 6』では時間堂制作部(当時)の飯田さんという人とふたりで一緒に現場に入って、私はいろいろなプランや計画について口を出しつつ、飯田さんが実際に手を動かす人、という感じで関わりました。

二回目の『緑茶』の時も椿万莉菜さんという制作の方が一緒に入ってくれていて、ヤリナゲのメンバーも一回一緒にやっているから何をどの時期にやるのか分かっていたので、私は実質ほとんど手は動かしていなかったです。

私は月に一回か二回くらいミーティングに参加して、「あれやった?」「これやった?」「宿題だったあれは出来てる?」って聞く”つっこみおばさん”として参加していました。

そして無事に私から卒業されていきました(笑)。

ーなるほど!

大森 今でも直接いっしょにやっているわけではないけど、たまに相談に乗ったりとか、DM発送の時だけ協力していたりしています。

ーそれが現在ヤリナゲの制作業務のベースになっているんですね!

大森 「いずれ制作業務を自分たちだけでできるようになりたい」という目標をはっきり持った若い団体と関わったのは初めてだったので、そういう意味ではすごく印象に残っていて。

大体の団体は「今後も長くお付き合いしていきましょう」という前提でオファーが来るか、あとは「この公演だけとりあえず一緒にやりましょう」というオファーのどちらかなんですけど、越君の場合は「いずれ自分たちで制作業務を出来るようになっていくためのステップを一緒にやってほしい」という希望があって、そういうことはちょっと珍しかったんです。

でも私としても若手の団体とはそういう関わり方を出来たらいいな、と思っていたので、ニーズもお互い合致した形でした。

出来ることは自分たちでー制作分業のススメー

ーそうした制作面での関わり方について詳しくお聞かせください。

大森 たとえば、前までだったら私が制作として自分で出来ることは自分でやってしまって、なるべく創作する人は創作に集中出来るようにしたり、あるいはもっとビジネスライクに仕事を割ってしまって「この業務範囲だけを担当します」という仕事の受け方をすることが多かったんです。

だけどヤリナゲの場合は制作業務の中でも自分たちで出来ることは自分たちでやり、でもより効率的なやり方を私が知っている時は教えるし、彼らがやったことがないことで私がやった方が良いと思うことも伝えるし、という関わり方をしたんですね。

ーやれることはなるべく自分たちでやる、大森さんはそのための相談役になるという形ですね。

大森 そういう風にして進めてみたときに一個とてもよかったのが、稽古が始まる前にDM発送や置きチラシの手配、雑誌にアプローチするであるとか、広報に関することが一通り終わったんです。

そういう仕事って稽古をやりながら並行してやるのはすごく大変で。でも稽古が始まる前にそれが終わってしまえば創作に集中できる環境が整うよねという話になって、それがまあまあ計画通りにいったんです。

「これはこの後も続けていけたらいいね!」という話になって、そのやり方は他の団体にも勧めています。

ー前もって準備すれば、創作期間に余裕が生まれるんですね!

自分達のやりたいことを実現できる集団

大森 それがうまくやれる集団というのはもし専属の制作者がいなかったとしても、自分たちである程度ちゃんと計画を立ててやりたいことができますよね。

専属の制作者じゃない人を雇ったとしても、何をやってほしいかというのがちゃんと伝えられるし、自分達のやりたいことを実現するためにマネジメントできるようになるので。

ヤリナゲにはそういう集団になってほしいと思っていて、結構そうなったんじゃないかと私は思っています。

―制作業務を劇団員で分担できるようになると、若手の団体にはメリットも大きいわけですね。

大森 たとえば私が制作業務を0から100まですべて請け負う、つまり制作を一人雇おうと思うと現実問題すごいコストがかかってしまうんですよね。毎回それをやっていると経済的な負担も嵩んでしまいます。

でも制作業務の中にも自分たちでやれることもあるということを知って、自分達で出来ることと人に頼んだ方が良いことの線引きが出来るようになれば、最低限の部分だけ依頼して人を雇うこともできるしノウハウも自分達に残るので、結構メリットが多いと思います。

私の方も負担が少なくなるので、いわゆる「公演制作」としてクレジットされる場合より時間も掛からない分コストもかかりません。

ーそうすると負担が減る分、大森さんも多くの団体と広く関わることも出来るようになりますね。

大森 そうですね。小劇場制作のアドバイザーというかコンサルというか、そうした関わり方も今後増やしていければなと思います。

ーなるほど、このやり方はぜひ若手の団体におすすめしたいですね!

大森 「そういう仕事、やるよ!」って。これだと私の営業になっちゃいますけど(笑)。

ーありがとうございます!越さんは時間堂の公演では演出助手も務められていましたが、演出助手としての越さんの様子はいかがでしたか?(時間堂『ゾーヤ・ペーリツのアパート』2016年)

大森 大変お世話になりました(笑)。大変頼りになりましたね。あの時演出助手が3人いて(田中星男(PATCH-WORKS)、北村美岬(くロひげ)、越寛生)、3人が3人ともそれぞれ得意分野が違って面白くて、3人いてよかったな、と思っています。活躍した時期もそれぞれ違ったりして。

たぶんその三人の中で世莉さんの考えを一番理解していたのは越くんだったのではないかと思うんですよね。深く長く付き合っていて、世莉さんの集中WSとかも受けていたりしたし。2014年には王子小劇場のディレクターズWSでも世莉さんと一緒に演出家として同じ作品をそれぞれに演出して議論を交わすという経験もしていたり。たぶん世莉さんと一番関係が深くて理解もし合っていて、世莉さん一人だと目が届かないところを見たりするというのには向いていていたんではないかと思いますね。

特にあの時はシアターウエストで三面舞台だったし、いつもだったら世莉さんがひとりで本番を観ているところを表側から世莉さん以外にもう一人演出助手がきちんと作品を観ていて、違う角度からどう見えたかという事をきちんとフィードバックして話ができたということがとてもよかったと思います。

開演直前まで席が決まらなくて、ロビーでなんだか肩身が狭そうに待っている越君の姿をよく覚えています(笑)。「堂々としてていいんだよ」って。

東葛のDNA

―大森さんと越さんは千葉県立東葛飾高校(以下、東葛高校)の先輩後輩でもあるわけですが、越さんから東葛高校のDNAのようなものを感じることはありますか?

大森 「東葛=変な人ばっかり」という先入観が私の中で出来上がっていて、越君についても「やっぱり」みたいなところはありますけど(笑)。

東葛って「変わってる」ということがとても素敵なことだったりとか、自分と違うものを持っている人を尊敬するというか、いい意味で面白がる風土がある気がするんです。

ほんとに変わった趣味を持った子とか、もしかしたら「ほかの高校行ったらいじめられたり友達出来ないかも」と思うような子に対しても、「そんなに変わってるなんてすげーじゃん!」という、そんな空気のある学校だったんです。だから変わった部分をすくすく伸ばすのにはとてもいい学校だと思います(笑)。

その反面、高校出てから生きづらさに苦しむ人もまあまあいて。「大学って自由って聞いてたのに超束縛される」みたいなこととか、「社会ってめんどくせえ」って思ったりする人は結構います。それで高校の同窓会とか行くと、「あの頃はよかったよね」という話がどうしても出ます(笑)。

「やりたい!」ことをできる仕組み

大森 「やりたい!」と思いついたことを、自分たちの力でできるような仕組みを生徒たち自身で勝ち取ってきた学校なんですよね、伝統的に。

ーへええ!

大森 「だから自分たちもやりたいことをやっていいんだ、ただしそれをやるためにはただのわがままではなくてその責任を自分たちで取らなければいけないよ」ということを入学早々に先輩から言われるんですよ。

伝統的に新入生歓迎会が三部構成くらいになっていて(笑)。一部は全校生徒集まって集会をやって、二部は部活の紹介があって。三部というは一年生が教室にいるところへいろんな委員会の人が順番に回って話をしていくんです。今もあるのかな…、私たちの時はそうだったんです。

大森 その中で生徒会の人が「うちの学校はとても自由なんだけれども、自由には二種類あって、一つは何をしてもいい”フリーダム”。もう一つは”リバティ”で、うちの学校の自由というのはリバティのことですよ。」という話を必ず毎年していたんです。「”リバティ”というのは、責任を果たした上での自由です」と。

ーかっこいいですね!

大森 東葛高校って、文化祭や合唱祭とかのお祭りも結構盛んでみんな頑張るし、何でもやりたいことをやっていいとは言われるんですけど、やったまま、散らかしたままでいいわけではないし、やったことによって人を傷つけてもいいわけではないし、やったことによる責任をきちんと分かった上で行動を選択しましょう!という話を、15歳の若者たちは17歳の先輩から聞かされる訳です(笑)。

ーへええ!

大森 東葛高校で学んだことはその後も生きていて。

たとえば文化祭とかそういうイベント事があると、各委員会はその行事が終わった後に「総括」って言って、いわゆる「良かったところ」「悪かったところ」「来年につなげるところ」をちゃんと委員会としてまとめて提出して、それが承認を受けない限り解散できない、という仕組みだったんです。やりっぱなしに出来ない仕組みになってましたね。

ーおお、なるほど!

大森 そういうことをやっているからこそ、先生方もある程度生徒に任せてくれていました。「新しいことをやりたい!」っていう時にはやって、やった後できちんと総括を出せばいい。ルールを変えたいなら生徒総会に出して、生徒の3分の2から賛同を得ればいい、と。

高校ってそういうものなのかな、と思っていたら東葛高校だけだったみたいで、大学に入ってから「あれ?」って(笑)。 そういう学校で育ちましたねぇ。

中学校まではクラスの中でうまく居場所がつくれなかったタイプの人たちもまあまあいたけど、わりと高校ではのびのびしてましたね。

―そんな東葛高校からは越さんや大森さんはもちろんのこと、谷賢一さん(DULL-COLORED POP主宰)や数々の演劇人を輩出されてると聞きました。

大森 そう、いっぱいいますね、大先輩には流山児祥大先生(流山児★事務所主宰)が。

ーええっ!

大森 ええ。あと多田淳之介さん(東京デスロック主宰)とかも東葛ですね。在学時期は被っていないし直接の知り合いではないんですけども。変った人が多いですよね。みんな自由で。

ーこれは是非中学生の子達に読んでほしいですね…!

大森 学校選びの参考に(笑)。ああ、でも今は中高一貫になったらしくて。県立高校なんですけど進学に力を入れているみたいなので、以前ほど好き放題ではなくなったかもしれません…(苦笑)。

ーなんというか、バンカラな校風だったんですね。

大森 そうですね、学生の自治が発達していて。これは有名な話なんですけど校則が全然なくて、制服もなくて私服だったりとか。ただ一個だけ「登校時の履物は靴とする」という有名な一文があるんです(笑)。「…これはどういうことだ?」「でもおもしろいから残そう!」みたいな、そういう学校です(笑)。

なんだろう、下駄で来て怒られたんですかね。その謎は解明されないまま卒業してしまったんですけれど。

ー下駄はうるさかったんじゃないでしょうか。

大森 これははるかぜちゃん(春名風花さん)がブログに書いていたんですけど、語弊を恐れずに言うならば偏差値が高い学校になるほど校則が少ないという話があって(※)。

それはつまりそんなにルールをいちいち言わなくても、自分の良識に従って判断が出来ると信じられていて、最低限のルールで済んでいるんだと。

たぶんそういうことなんだろうなと思うんですよね。先輩たちがこれまでにちゃんと良識のある行動を取ってきていて、変ったことをしたとしてもちゃんと責任も取ってきていて(笑)。

だからある程度生徒に任せても、そんなにおかしなこととか人を貶めたり犯罪を犯すようなことはしないだろうという信頼があるから、「ルールがなくても大丈夫」という学校なのではないかしらと思って。

「先輩たちがきちんとやってきてそうなっているのだから、それを自分たちも守らないと下の世代が窮屈になってしまうよ」という教えを生徒から生徒へ代々受け継いでいるんです。

(※春名風花オフィシャルブログ 2017/5/9付『ちゃんとしている人は言われなくてもちゃんとしているしちゃんとしない人は注意されても聞いてないから』参照 https://lineblog.me/harukazechan/archives/2017-05.html?p=15

ちゃんと掬い上げて、でも眼をそらさない

ーきっとそういう気風が越さんの中にも流れているんですね。

大森 あるような気がしますね。もしかしたらだけど、「演劇でこんなことを話題にしてはいけないのではないか」と躊躇するようなことをちゃんと掬い上げて、「でも眼をそらしちゃいけない」ということをちゃんと表に出せるというのは、もしかしたら東葛高校での生活があったからかもしれませんよね。

「そんな話をしちゃいけません」とか「そんな笑いを取ってはいけません」という縛りがきついところだったら、越君のような才能も開花しなかったのかもしれないよ?と(笑)。

何かを肯定して何かを否定するのではなく

ーありがとうございます。そうしましたら、おもむろなんですけれども、まだ見ぬ『預言者Q太郎の一生』がどんなお話になるかを預言して頂けますでしょうか。

大森 私『預言者Q太郎の一生』の本番を観られないかもしれないんですよね、まる被りの仕事があって。大変観たいんですけど…。でもそんなこと言って実は『モニカの話』も観れないはずだったのを無理くり観にいったので、どうにかそんな離れ業をするんじゃないかなと思ってるんですけれども。

チラシの情報しか見ていないから分からないんですけど、またあれでしょう?「イエスのような人」みたいな、「それは、触れていいのか…?」みたいな繊細なところを突いていくんでしょう?(笑)

ーたしかに、テーマがかなり繊細かもしれませんね。

大森 その表面だけをさらうと、たとえば一神教を信じている人にとっては「失礼な」「自分信じている訳ではないのだったらそんなことを軽々しく言うな」と思われるかもしれないけれど、たぶん観に行ったらそんなことではないと思うんです。

一神教なりキリスト教について「それはそれでありだ」と越君が思っていることに対して、「ありだけど、違う意見を持っている」ということになるかもしれないし、「ありで、自分もそれはOKだと思って信じているけど、他の人は他のもの信じていいよ」なのかもしれないし。

大森 たぶん何かを肯定して何かを否定するわけではない作品を作るんじゃないかしら、と思っています。

大体宗教が絡んでくる話を書くとなるとそれだけでもう観に行くのを嫌がる人もいるけど、たぶんそういう話にはならないと思うんですよね。

なにかの宗教を布教したいわけでもないだろうし、布教されているものを否定したいわけでもないだろうと。

人はどれだけ意見の異なる人とコミュニケーションをとれるのか

大森 たとえば時間堂でかつて『衝突と分裂、あるいは融合』(2014年)という作品を上演した時に、「原発賛成なのか、反対なのか」という話だと思われて、たとえば「それを人に勧めるのはちょっと難しいです」と言われたりもしたんですけど。

私たちがやりたかったのはそこではなくて、そういう意見が分かれそうな話題を持ち出した時に、人はどれだけ意見の異なる人とコミュニケーションをとれるのだろうか、ということがやりたかったわけです。

今回の越君の作品にしても、何か信じているものがあったり、「これをよしとする世界」というものがあったとしても、「それに従わなくちゃいけない」とか、「それに賛成反対をはっきりさせて敵の意見を言い負かさなくてはいけない」とか「自分の意見を通したい」という話ではないだろうな、と思います。

意見が分かれてもいい

ーありがとうございます!この世の中で(劇)ヤリナゲのことを知らなかったり、まだ観たことがない人に向けてヤリナゲを一言でおすすめするとすれば、どうご紹介されますか?

大森 …なんだろうな、一言で言うとしたら(笑)。うーん…。

…たぶん、100人が観に行って100人が気に入るわけではないと思うんですよ、越君の作品って。極端だけど、すごい好きな人もいれば、すごい嫌いな人がいても良いと思っていて(笑)。

あと意見が分かれてもいいと思います。あるいは「越君のスタンスは好きだけど、越君の意見とは私違う」ということがあってもいい。

なんだろう…、たぶん、安心してふんぞり返って観られる演劇ではないと思います。だから「自分もある意味では当事者だ」と思って観ることが好きな人にはすごくはまるんじゃないかな、と思います。

華やかなエンタメというか、別世界に連れて行ってもらって、受動的に映画を観るように舞台を観るのが好きな人はもしかしたら楽しみ方が分からないかもしれない。

臨場感を通り越した「自分もそこにいる感」

大森 でも演劇って目の前でやっていて、「自分も同じ空間にいるからこそ面白いよね」って思う人とか、観たことから触発されて自分でなにか感じる、考えることが好きな人にはすっごくハマると思います。

たとえば激しい殺陣のシーンを目の前にしたときの臨場感とはまた少し違うんですけど、むしろそんな臨場感を通り越して、「自分もそこにいる感」が味わえる作品、作風なのではないかと思います。

「あるある!」「私もそんな場面にいたことある」「私もその場へ行ってちょっと止めたい」「自分もその場に行って口を挟みたい!」という、そんな体験ができる作品だと思います。

ーありがとうございました!

(2017/6/7 聞き手:松本一歩)

大森晴香さん情報

●十色庵(スタジオ)

東京都北区赤羽にある地下のホワイトボックスです。

演劇の稽古や小さな発表会に向いています。

お問合せ:info@toiroan.com ※サイトはリニューアル準備中です。詳細はお問い合わせください。

●シアタープロデュース研究会(仮)

オフィスコットーネの綿貫 凜さんとの共催で、1~2か月に1度、小劇場プロデューサーと制作者のための勉強会を開いています。

●大森晴香の制作実務スキルアップラボ

今は私の現場をサポートしてもらうことばかりですが、いずれは当日運営チーフとして独り立ちしよう、というラボです。

興味のある方、個別ご相談くださいませ。

●朗読劇『陰陽師』(制作協力)

7/14金~17月祝 陰公演@新宿FACE

7/19水~23日 陽公演@六行会ホール

●『MIDSUMMER CAROL~ガマ王子vsザリガニ魔人~』(制作協力)

8/16水~20日 東京公演@シアターサンモール

9/2土~3日 大阪公演@ABCホール

●東京学生演劇祭2017(制作統括)

8/31木~9/4月@花まる学習会王子小劇場

●『Solo×Solo(大人、あるいは大人になりきれない人のためのコント)』(制作協力)

9/9土~9/11月@ステージカフェ下北沢亭

(劇)ヤリナゲ第10回公演

『預言者Q太郎の一生』

2017年7月14日(金)〜23日(日)

こまばアゴラ劇場

詳細はこちらから。


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