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ー記者マツモト、槍を投げる! ~10本インタビュー 第4章~

ヤリナゲインタビュー 落雅季子さん

(劇)ヤリナゲ インタビュー

ー記者マツモト、槍を投げる! ~10本インタビュー 第4章~

10本インタビュー第4章は、落雅季子氏(演劇批評 LittleSophy主宰)です。

落雅季子氏 プロフィール

劇評家。LittleSophy主宰。演劇人による文芸メルマガ「ガーデン・パーティ」編集長

1983年東京生まれ。2009年頃より演劇・ダンス評を書き始める。藤原ちから主宰のBricolaQにてインタビュー企画や毎月の演劇レコメンドコーナーを手がける他、ドラマトゥルクとして遊歩型ツアープロジェクト『演劇クエスト』を各地で創作したのち、2017年に独立。CoRich舞台芸術まつり!2014、2016審査員。

ー落さんがヤリナゲと出会ったきっかけについてお聞かせください。

落 初めて彼の名前を知ったのは、2014年の年末に開催された、王子小劇場のディレクターズ・ワークショップに越さんが参加していたのを風の噂に聞いた時でした。

知らない名前だな、どんな人? えっ、平田オリザと同じICU出身……? という印象で、ずっと気になる存在でした。

でも公演を観る機会になかなか恵まれなくて。『206』(第6回公演 2015年8月12日-16日 於 王子小劇場)も、地方滞在の仕事があって観られなかった。

ーふむふむ。

落 2015年という年は、CoRich舞台芸術まつり!が中止になったり、岸田戯曲賞でもベテラン作家の受賞が続いていた頃であったり、30~50代の演劇人たちの活躍に続く20代がどうやって伸びてくるのか、私としては閉塞感を感じていた時期でした。これからの新しい風はどこから吹いて来るんだろう、って。

そんな中で何となく、越寛生という人のことがずっと気になってたんですね。

ーなるほど!

落 初めて作品を観たのは、ヒヨコの神様・オムニバス公演『いい加減に気付けお前は性格悪いんだ』(2016年1月14日-16日 於 新宿眼科画廊)でした。つくにうららさん(カミグセ)と河西裕介さん(国分寺大人倶楽部※現在は解散/Straw&Berry)と越さんが参加した、オムニバスの公演ですね。

あの時の『スーサイド・イズ・リアリー・ペインレス』という短編。正直、冒頭で震えが走ったのを覚えてますよ。

ー震え、ですか…!

落 観劇していて「わっ、今目の前ですごいことが起きてる」という頭の毛が逆立つような興奮と冷静さが同時に襲ってくる瞬間が、数年に一度あるんです。

たとえば2008年の柴幸男(当時toi、現在ままごと)の『あゆみ』の初演、2010年の藤田貴大(マームとジプシー)の『しゃぼんのころ』が、私にとってはそう。

その後の二人の活躍は今更説明するまでもありませんよね。

ーはい!

落 で、もうそんな衝撃はしばらくないかなーと思ってプラプラしてたら「出会っちゃった」と。ヤリナゲか、越寛生か……とね。

ーおおお、出会ってしまったんですね!!

まるで冷たいプールにすっと潜るような

落 『スーサイド・イズ・リアリー・ペインレス』では登場人物がふらっと「こんにちは。本日はご来場ありがとうございます」と自己紹介を始めて、越さん自身の境遇と重なる「高校の教員をやりながら自分で劇団も主宰しておりまして…」とかいう説明台詞に、いきなり母役の俳優が割り込んできて、会話しだすんですよね。

あたかも越さん本人のようにして登場した(別人の)俳優が、瞬間的に演劇の世界に吸い込まれる。そのシームレスな巧みさを観た瞬間、思い出したのはもちろん 、かつてチェルフィッチュの岡田利規が『三月の5日間』という作品で俳優に言わせた「これから三月の5日間っていうのを始めるんですけどー」っていうあの有名な冒頭部です。

ーポスト現代口語演劇という一つのエポックを画した作品ですね。

落 でも、それとはまた別の、俳優が虚構として越さんの人生を語りながら、母との会話というフィクションに入っていくやり方が、まるで冷たいプールにすっと潜るような冷たさと滑らかさを持っていて、ぞっとしたんですよ。鋭さに怯えたと言ってもいい。

ー怯え、ですか…!

落 物語自体は、教師をしている主人公が、演劇をやっていることが学校中に知れ渡ってしまい、仕事をやめて演劇に打ち込むことになるんだけど、元生徒たちが観に来てくれていて「よくわかんなかったけどおもしろかったです。お疲れっす」とか言いながら終わる。

バックにはダニエル・パウターの『Bad Day』が流れている、という非常にべたな作りで、しかも短編だったんですけど、個人的な問題から何気ない会話を通してこれだけのカタルシスを作り上げるという技術はちょっとタダ者じゃないな、と思って終演後に、つくにさんにお願いして「どうしても越さんと話がしたい」って頼んで紹介してもらいました。

越さんに名刺を渡して「おもしろかったです」と伝えたら「わーいわーい(※越寛生の身振りを真似)」って挙動不審に喜んでいて。「……こんな変な子がこれ作ってたの? えー?」みたいな(笑)。

ー目に浮かぶようです(笑)。(※越さんは普段の挙動がおもしろいです。)

落 でも私はその時点で、彼は粗削りだけどすさまじいセンスを持っているな、という思いを、密かに温め始めたわけです。

ーふむふむ。

落 その後に観たのが『緑茶すずしい太郎の冒険』(再演 第7回公演 2016年3月24日-28日 於王子小劇場 CoRich舞台芸術まつり!2016春 最終審査選出作品)ですね。

私はこの時CoRich舞台芸術まつり!の審査員をしていて、応募100通以上の中から10団体に選ばれた『緑茶』を観て審査する立場でした。

とにかくすべてを「自分事」として

落 私ヤリナゲの「前書き集」を持ってるんですけど、越さんの当日パンフレットの前書き文章って、段落がなくていつも超長いですよね。『緑茶』を観ながら、彼はとにかくすべてを「自分事」として捉えて想像をひろげる能力がある人なんだと思いました。

ドーナツ化(=ダウン症)した子どもの生まれる意味はどこにあるのか、いわゆる「世間一般」とされる狭い尺度の同調圧力というものに対して、俯瞰したり諦観したり解説しようとは決してしない。ただ誠実に向き合って悩む姿が見えた。

落 時を同じくして、私の観劇仲間でもある鈴木励滋さん(https://twitter.com/suzurejio)

という方が、『緑茶』でヤリナゲを初めて観てくれたんです。

鈴木さんは、障碍がある方たちが通う作業所の所長をなさっていて(http://kapukapu.org/hikarigaoka/)障碍者と行政、生活の問題と根底からいつもいつも問い直しながら演劇批評を書く、とても素晴らしい方です。彼が『緑茶』を観て激怒したら、これはもう勧めた私の責任だと覚悟して彼の評を待っていました。

そうしたら「とても誠実でいい作品だった」と。鈴木さんがヤリナゲの『緑茶』を気に入ってくれた、少なくとも怒らなかったというのは、私にとって本当に嬉しかったことのひとつですね。

ー「誠実である」ということが、やはりとても大切なんですね。

落 この『緑茶』を経て私は彼と、人間対人間として、作家対批評家として真摯に向き合っていきたいとますます思うようになりました。ここまでが出会い編、かな。

ーありがとうございます!それ以降、作家と批評家として越さんと向き合ってきた中で印象的なエピソードなどありますか?

落 ああ、私ねえ、人に本を貸すのが結構好きで、読み終わって良かったらすぐ「あなたに読んでほしい!」みたいな相手にメールしまくる癖があるの。

ーそうなんですか!

落 ヤリナゲが出演した 『15 Minutes Made Volume15』(2016年11月26日-12月4日 於 花まる学習会王子小劇場)を観に行った際に、たまたま読み終わったばかりの、エトガル・ケレット『あの素晴らしき七年』(http://amzn.asia/2ueFHQU)という随筆集がカバンに入っていて、感想を言うかわりに「これ読んでみて!」って、貸したことがありました。私は本を読む時、印象深いところに付箋を貼るんだけど、付箋だらけの状態で衝動的に渡したの。でも越さんはちゃんと読んでくれて、感想をメールしてくれたんですよね。例によって改行無しの、すごく長いメールを(笑)。

ーメールでも改行しないんですね…!

落 この「世界とはそういうものである。作家は世界を作ったわけではなく、言うべきことを言うために世界に存在している。虫を殺すこととカエルを殺すことの間には線があり、たとえ作家自身が自らの実人生においてその線を越えたことがあったとしても、それでも作家はそのことを指摘しなくてはいけない。」という文章が彼にとても響いたようなんです。

私も、貸した時に頭のどこかで、この文章を彼に伝えたいと思ってた気がする。だから、思ったとおりの感想をくれて、信じて本を貸して良かったな、と。ちょっと不思議なエピソードですね(笑)。

ーそれも、やはりとても誠実なやりとりですよね。

倫理に反することを恐れないで

落 これは私の考えですけれども、作家というのは、自身の倫理観に反することをどれほど丁寧に描写できるかで、力の差が出る。たとえば『緑茶』は残酷なバッドエンドでした。

演劇に限らず鮮烈な印象を残す作品には、世の中で、あるいは自分自身で是としている倫理観に反するものが描かれている。

ーはい。

落 これまでの作品で言うと「動物を殺して肉を食べること」をテーマに作品(番外公演『フランドン農学校の豚』2014年10月25日〜10月26日 於 十色庵)をつくったりもしていますね。そういう彼の、倫理的な問い立ての数々は、パンフレットの「前書き」から分かる。

だから彼に掛けたい言葉としては、どうか倫理に反することを恐れないで、だけど誠実に向き合ってほしいってこと。

「切実な問題を語る」ということと、「切実な問題で語る」ということ

落 越さんがハイバイに大変影響を受けているというのはかねがね聞いていて、特に『夫婦』(2016年1月24日- 2月4日 於 東京芸術劇場)を観て涙が止まらなかったという話を聞きました。越さんはハイバイを通して、自分にとって切実でクリティカルな問題を題材にすべきなのではないか? その誠実の度合いによって作品の出来も左右されるのではないか? と考えていた時期があるみたいなんです。

ーなるほど!

落 だけど私が思うに「切実な問題を語る」ということと、「切実な問題で語る」ということは、似ているようで全然違います。

越さん自身は『イングリッシュ・スクール』(『15 Minutes Made Volume15』参加作品)や『スーサイド・イズ・リアリー・ペインレス』(ヒヨコの神様・オムニバス公演『いい加減に気付けお前は性格悪いんだ』収録作品)などで英語教師をやっていた頃の彼なりの切実さを、写実的に作品にしていたんだけれども、かつて彼が「英語教師」という経験によって感じた何かを、他の人は別の物事によって体験しているかもしれないでしょう。そこに思いを馳せてみて、越さん自身の切実さが普遍的なものになるようにアプローチをしてみてはどうか、と私は思っているんですよね。

だから、今現在越さんが悩んでいるとしたら、彼の切実さが観客に響いていないわけではなく、観客自身の切実さを引きずり出すにいたっていないだけで、その余地はあると前向きに考えてほしい。

……と、まあこんなふうに熱く語ったりもしますが、批評で大事なものは「愛と距離」なので、今回このインタビューをお引き受けするにあたっても、いち批評家であるというドライさを失わないでお話ししているつもり。

ーはい、それはもう!!

落 だけど私は物書きで、絡まった考えを、言葉を使ってほぐすことは人より少し得意だから、もしも自分の問題意識を彼がひとりで抱え込んでいるのであれば、そのお手伝いはいつでもしたい。彼がひとりでは解決できないような苦しみにぶち当たった時に、励ますことはできるから。一作ごとに「あれはだめだった」「これはよかった」というように消費したくない。これは偽らざる気持ちです。

深刻さと、軽やかさのギャップ

落 とにかく突き詰めて考える才能が彼にはあって、その深刻さと、作品になった時の軽やかなギャップが一番の魅力だと思います。でもあまりに突き詰めてしまった時に、袋小路に入りこまないように、サバイブしていってほしいと願っています。

―お話を伺っていて、とても批評家としての落さんの愛を感じます。

落 それは越さんへの愛というより、越さんが今後いい作品を書くということが日本の演劇のためになると信じているからです。彼には今後、自分より年上で経験もキャリアもある俳優と一緒にやるとか、自分自身で俳優にオファーしていけるような強さを身につけてほしいかな。そうすれば、もっと風通しのいい場所に抜けられると思います。

―ありがとうございます!これだけお話を伺って最後に持ち出すのも大変恐縮なのですが、おもむろに、『預言者Q太郎』がどんな作品になるのか預言して頂けますか。

落 えー、私は、カトリック思想の持主だからなあ……(言いながらチラシを手に取る)

「千葉県Aビコ市の藤原・B・マリアに待望の赤ちゃんが誕生! 突如現れた東葛の三賢人の言うことには、この子は今世紀最大のよいこ・Q太郎であるという……すくすくと育つQ太郎を、弟子たちは伝記に記すことができるのか?」

まあ、このあらすじを読んだ時「ヤバい、最高!」って思いましたよね(笑)。

ーおおおお!

落 キリスト教の新約聖書は、イエスが死んだ後にマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネという四人の弟子が遺した福音書で出来ているんです。そういうところを下手に扱われると、私は自分の宗教観からも拒否反応を示してしまうことがあるんですけれども、こんなにキリスト教を真摯に戯画化しようとしていることにいつもの誠実さを感じるし、そのわりに文体はふざけてるしすごくいい(笑)。

ーなるほど!(笑)

落 宗教というのは「神と自分」という関係性において、究極の「他者との対話」なんですよ。だからそこに切り込む(?!)『預言者Q太郎の一生』は彼の渾身の一作になると思うし、楽しみにしています。

きっと笑って元気になれる

―ありがとうございます!まだヤリナゲを観たことがない人、名前を聞いたことはあるけれど観たことがないという人や、あるいはヤリナゲをまったく知らない人に一言でおすすめするとすれば、どのようにご紹介されますか?

落 こんなことで苦しんでいるのは自分だけなんじゃないかと、その問題が大きなものであれ小さなものであれ、悩んでいる人に見てほしいかな。きっと笑って元気になれる。

終盤でその笑いが自分に跳ね返って何かを照らし出すことに、あなたはショックを受けるかもしれないけれど、演劇にはこれだけの力があるんだという希望とともに、あなたはこれからも生きていけるでしょう! 

ーありがとうございました!

(2017/6/7 聞き手:松本一歩)

落雅季子さん情報

落 雅季子が責任編集をつとめる、演劇人たちの文芸マガジン「ガーデン・パーティ」を毎月10・25日に発行中。月額324円(登録初月無料)。クレジットカードをお持ちでない方はlittlebylittlesophy@gmail.comまで、年間購読をお申し込みください。

▼登録リンク

(劇)ヤリナゲ第10回公演

『預言者Q太郎の一生』

2017年7月14日(金)〜23日(日)

こまばアゴラ劇場

詳細はこちらから。


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