『マツやんの 10倍ワーニャ伯父さん』#6
いやもうほんと大変ですよ。
なにがって、人生がですよ。人生。マイライフ。マイライフ・アズ・ア・人生がね。
あるいは人生。って、いうのが? でかすぎるなら「生活」でもいいですけど。生活も大変ですよ、全然ここんとこ仕事ができなくてねえ・・・。
いや仕事はあるんです。土地もあるんです、作物も畜獣も。干草とかも刈り入れまではやったんですけどね、そのあとがもう、あいつらが来たせいで、全部パアです。計画がパア、年度方針がパア。私もすっかりパア。パアになってしまいました。
パッパー。
食っちゃ寝、食っちゃ寝、飲む呑む吐く掃く、マーライオン。生活ってのがワヤクチャで、過去は全滅。未来も閉店。行く末まで蛍の光が鳴り響いて。
あ、過去、といえば、可愛い妹がいたんです。私にはね。もう亡くなってしまいましたけど、可愛い妹がね・・・。まあブスですけど。ヴェーラっていって、気立てのいい天使のようなブスの妹でしたよ。なのに亡くなってしまって・・・。それで今もその娘の、気立てのいいブスの姪御がいるわけですけどね、ソーニャっていって、
問題はつまりこの父親ですよ。
つまり義理の、弟ですか? いくら年上でも妹の旦那なら義理の弟ってわけで、こいつが恩知らず。
私は奴に色々尽くしてきましたよ、そりゃもう私の仕事ってのは全部やつのためにしてきたんです、奴の学問・・・輝ける・・・明星のような学問のため・・・に・・・。やあ、偉い先生ですね。私たちもああいう頭脳を持ちたいものですなあ。頑張ってお力添えになるように。・・・。
それが、今になれば何の成果もなし。奴は無名どまり、ひいては私も徒労徒労のトロトロ野郎で人生おしまいってことです。
開拓地へ進む。
そんなマイライフ。マイ揺籠から墓場。
それをなんですか? あの義弟、いやじじいは。クソヒヒじじいは。それだけならまだしも。そう、この世には「まだしも」って言葉がある。まだしもだ。それだけならまだ、まだ、まだしも!
あの女をまでモノにしてるってんですから。
私は、昔好きでしたよあの女。それを、じじいナウ今の嫁にしているんですからいつの間に。私の人生をどれだけなぶれば気が済むってんでしょうかねえ? そんな状態で、マァ! それだけならいざしらずですよ? いいですか? この世には「いざしらず」って言葉があるんですよ。それだけならいざしらず、
うちに引き越してきたってんだから、なんなんですかねえ?
昔惚れた女と、ひとつ屋根の下。女はじじいの、ひとつ戸籍の中。私はさしずめ、ひとつ俎板の上ですか?
酔ってますよ。素面・シラフ・おソーメンなわけないでしょうこんなことばっか言って。恨み、辛み、ここに極み。
河島英五イズムはちょっと・・・・・・。
いくとこまでいきますよ。呑むしかないでしょう。ネェ マスター。ネェ マスター。早く。アタシもさしずめ、この歌歌ってたパーソンのように
収容所へ進む。
あと私の世界仰天ニュースといえば・・・「私の世界」の「仰天ニュース」ね・・・あのアーストロフって、昔なじみの医者が、あの女を抱きすくめてたことですか。ハグってんですか。ハグってんですか。からのフレンチキッス、みたいな。
あのーーーフレンチキスって、意味知ってますぅ? 小鳥キッスチュンチュチュ、そんな生易しいもんじゃないですよ、日本人だけやけに間違えよるけどねほんまにフレンチキス、フレンチス、いうたらもうベロチューの世界やからね、ほんまに世界的な、愚弄バルの意味ではそっちですよ。店入った途端愚弄されるバル、嫌やね。つまり濃密キス、医者から人妻へ向かう濁流のアモーレ。そんな、ああムードがね、あったなあ、見てて、って、まあ、目の当たりにしたことって、案外あんま憶えてないですねえ。あたしお花を、あの女に持ってくとこだったんですよ、朝から用意して・・・じょうねーつのー、真っ赤なバーーラーーーをー・・・
頭キンキンになっちゃって。汗拭いて。
グワングワンなってたらそのあとじじいが、ああなんてタイミングでしょうかね・・・この土地を売ろうじゃないか、そいで証券をかってサ、その運用で暮らすヨ、名案ダロ? なんて言い出したもんだから・・・
(
あなたは私が人生を捧げたにもかかわらずお返しをしませんでした。・・・
あなたは私がエエナァと思っていた女を勝手にモノにしました。・・・
あなたは私の家にまで入り込んで好き放題をつづけました。・・・
さいごにあなたは、私の住む土地を売っ払ぉうとまで、しはじめました。・・・
)
医者はあの女とデキていたし。・・・
ウ! ハ!
私、テンパーよ。
思わず、
ぶっ放してしまいました。
何を? もちろん、私のマグナムを・・・。
比喩のほうじゃなくてマジもんの・・・マグナムじゃあなかったかもしれないがぶっ放した。マジで。殺るつもりで。「殺る」と書いて「トる」って読むけどねここは。そいで二発・・・BANG!・・・BANG!・・・ってここで突如アメコミ調になるのはどうなのかしら?・・・とまれ、外してしまってね・・・GOD DAMN! ガッデム・・・意外と逃げるんだこれが・・・・・・ってもんで・・・そいでじじいと女はすぐにここから引っ越すって言い出して・・・
その日はあとはもう・・・
死ぬくらいしかないかと・・・
モルヒネをちょっとヤブ医者からくすねましたが・・・
姪に怒られてね・・・
まァー怒られたね・・・泣かれたね・・・
我慢してねって・・・
生きていくことを・・・
我慢して・・・
働いて・・・
耐えていくのよって・・・
そんなこと言われちゃってほんと・・・
私は・・・・・・・・・。
うっ。
はっっっ。
こんな私なんですが、あなたどう思われますぅ?
(ワーニャ・談)
「でも、仕方がないわ、生きていかなければ!
ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。長い、はてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。
運命がわたしたちにくだす試みを、辛抱づよく、じっとこらえて行きましょうね。今のうちも、やがて年をとってからも、片時も休まずに、人のために働きましょうね。
そして、やがてその時が来たら、素直に死んで行きましょうね。
あの世へ行ったら、どんなに私たちが苦しかったか、どんなに涙を流したか、どんなにつらい一生を送って来たか、それを残らず申上げましょうね。すると神さまは、まあ気の毒に、と思ってくださる。
その時こそ伯父さん、ねえ伯父さん、あなたにも私にも、明るい、すばらしい、なんとも言えない生活がひらけて、まあ嬉しい! と、思わず声をあげるのよ。
そして現在の不仕合せな暮しを、なつかしく、ほほえましく振返って、私たち――ほっと息がつけるんだわ。
わたし、ほんとにそう思うの、伯父さん。心底から、燃えるように、焼けつくように、私そう思うの。……ほっと息がつけるんだわ!
その時、わたしたちの耳には、神さまの御使みつかいたちの声がひびいて、空一面きらきらしたダイヤモンドでいっぱいになる。
そして私たちの見ている前で、この世の中の悪いものがみんな、私たちの悩みも、苦しみも、残らずみんな――世界じゅうに満ちひろがる神さまの大きなお慈悲のなかに、呑のみこまれてしまうの。
そこでやっと、私たちの生活は、まるでお母さまがやさしく撫なでてくださるような、静かな、うっとりするような、ほんとに楽しいものになるのだわ。私そう思うの、どうしてもそう思うの。
……お気の毒なワーニャ伯父さん、いけないわ、泣いてらっしゃるのね。……あなたは一生涯、嬉しいことも楽しいことも、ついぞ知らずにいらしたのねえ。でも、もう少しよ、ワーニャ伯父さん、もう暫くの辛抱よ。
……やがて、息がつけるんだわ。……ほっと息がつけるんだわ!」
(ソーニャ・談)
そのほかは、マツバラ元洋、が、かきました。