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『マツやんの 10倍ワーニャ伯父さん』#4

 これは参ったね。 

 何が、って前回と同じですが、やっぱあらすじくらいは頭に入ったほうがいいじゃないですか、こういうことを、やってる以上は。

というか、読んでいただいている以上は。

 なにせWikipediaにさえ載っているんですから、それくらいのことを、こういうシリーズ立ててまで、まだやらないっていうのはどうなんだろう・・・世間的に? 相対的に、個人的に、費用対効果的に? どうなんだろう。いや参ったね。

 でもまだ2人分、『翳りの森』メンバーへ質問したものが残っているんですね。。。。

 それは参ったね。

 まずそこから、はじめていきましょう。

(~前回まで~

 『翳りの森』メンバーへの聞き込みにより『ワーニャ伯父さん』は「みんなよく喋」り「不満ばっかり」で、面白いところは「全部」な劇だとわかった

 それと、チェーホフは悲劇みたいな話でも「喜劇」と題することがあるので、話の受け取り方はそれぞれみたい~)

 レリゴー!

「『ワーニャ伯父さん』の面白いところを教えてください」 

出演:浅見臣樹

「女性がすぐ泣く。

73ページで突然出てくる素麺」

 女性、すぐ泣くってよ。

 では早速、ちょっとピックアップしてみましょう。冒頭から読んでいくと、最初に泣くのは第一幕・・・。

テレーギン (泣き声で)ワーニャ、それを言わないでおくれよ。頼むよ、ほんとに。……現在の妻なり夫なりに背そむくのは、つまり不実な人間で、やがては国に叛そむくことにも、なりかねないんだよ。

 残念! 男泣き。テレーギンは没落した地主で、今はこのお屋敷に居候している、という身分の男です。

 次は誰が来るか。第二幕、

エレーナ 何もおっしゃらないでよ! まるで責め殺されるみたいだわ!

セレブリャコーフ どうせそうだよ、みんなわたしに責め殺されるのさ。

エレーナ (泣き声で)ああ、たまらない! だから、このあたしに、どうしろと仰しゃるの?

 さあエレーナが飛び出る。

 ここはセレブリャコーフ追い込みました。エレーナが、(相当に)年上の夫であり、痛風とリューマチに苦しむセレブリャコーフから「看病は面倒だろう、俺は厄介だろう」みたいなことを言われて泣き出した。

 続いて、

ソーニャ 草刈はすっかり済んだというのに、まいにち雨ばっかり、せっかくの草がみんな腐りかけているわ。だのにあなたは、幻を追うのがご商売なのね。うちの仕事を、すっかり投げだしておしまいになったのね。……働くのは私っきり、精も根も尽きてしまったわ。……(驚いて)あら伯父さん、涙なんか!

ワーニャ なあに、涙なもんか。なんでもないよ……つまらんことさ。……今お前さんが私を見た目つきが、亡くなったお前のお母さんにそっくりだったのさ。(後略)

 おっとワーニャ伯父さんも差す。同じく第二幕。

 亡き妹~セレブリャコーフの前妻だった~の面影を、姪のソーニャに見て泣きました。

 今現在、男女が2対1。さあどうなるか。

 つづいても第二幕だ。

ソーニャ ええ。(飲んでキスする)わたし、ずっと前から仲直りがしたかったの。でも、なんだか恥ずかしくって……(泣く)

エレーナ おや、何で泣くの?

ソーニャ なんでもないの、ついわたし。

エレーナ さ、もういいわ、もういいわ……(泣く)おばかさんね、あたしまで、泣いちまったじゃないの。……(間)あんたは、あたしがソロバンずくであんたのお父さまの後妻に来たように勘ぐって、それで憤慨していたのね。……でもあたし、誓って言うけれど、あたしがあの人のところへ来たのは、ただ好きだったからなのよ。(後略)

 継母エレーナとソーニャが和睦するシーンで一気にツーポイント。

 ここからほどなくして第二幕はおわります、というわけで全四幕の折り返し地点までで、

男性…2回  対  女性…3回

 接戦で「女性がすぐ泣く」の勝利となりました。浅見さんありがとうございました。

 (ざっと集計したので、やや疑惑の審査)

 ことほどさように、みんな、辛いなかを生きている劇なんですかね・・・。これは・・・。

 つづいて「73ページで突然出てくる素麺」とはなんでしょう。

 これ100%余談ですが、浅見さん「青空文庫」アプリでのページ数で言ってて、あれは一行の文字数と行間を設定変えられるから、ひとそれぞれ。

 こちらは第四幕の冒頭らへん。 

 第三幕のおわりで、ワーニャ伯父さんがセレブリャコーフを拳銃で殺そうとする騒動があります。そのあと、セレブリャコーフとエレーナの夫妻はこの屋敷を出て行くと決め・・・

マリーナ 二度とこの目で見たくないものさ。(間)これでまた、もとどおりの暮しができるわけさね。朝は八時前にお茶。十二時すぎにはお昼。暮がたには晩の食事。ばんじ世間の人さまなみに……きちんきちんとやってゆけますよ。……(ため息いきをついて)わたしゃもう久しいこと、お素麺を食べないよ、情けないったらありゃしない。

テレーギン まったくね、長く素麺を打たなかったなあ。(間)長らくねえ。……けさもね、ばあやさん、わたしが村を歩いていると、あの店の亭主がうしろからね、「やあい、居候!」って、はやすじゃないか。つくづく、つらくなったよ。

 素麺、出てますね。

 ちなみに、マリーナ(乳母)もテレーギン(居候)も、直接的にメインのドラマには関わってきません。そんな2人が、拳銃がバンバンと撃たれたアクティブな場面からの、転換して、ここ。冒頭のト書きは、

テレーギンとマリーナ、向い合せに腰かけ、靴下の毛糸を巻いている。

 なんだろうこの弛緩は。

 そんなところでそうめん。なんなんだろう。

 いや、そうめん?

 ・・・ロシアに?

 こういうときは他の訳をあたってみるものです。

マリーナ  (前略)精進のうどん汁をいただいておりませんよ。

   テレーギン  うん、久しくこの家じゃうどんスープを作らなかったな。

      (小野理子・訳 岩波文庫版100,101ページ)

 うどん???

   マリーナ  (前略)麺のラプシャを口にしてませんねえ……。

   テレーギン  そうだね、うちでも麺を打ってないな。

      (浦雅春・訳 光文社古典新訳文庫版107ページ)

 ラプシャ??????

 3つが3つとも言ってることが、なんでしょうこれは。

「芥川龍之介の『藪の中』か!」

 ですが朗報。なんと岩波文庫版には、ちゃんと註がついているのでした。よかったよかった。

「うどん汁、うどんスープ  スープ・ラプシャー。ロシアの田舎料理で、干し茸をもどして出汁を取り、きしめん風の平たいパスタを入れたもの」

 きしめん??????

「黒澤映画の『羅生門』か!」

 同じだ。

 そうめん、うどん、きしめん、そして正式名ラプシャ。

 ま、そういうふうな料理。つまり、落ちついた田舎料理を作ってないというような意味。都会から来たセレ・エレ夫妻によって屋敷の生活はめちゃめちゃにされている、と第一幕にありますから。

 それにつけてもやはり、このシーンののどかさは、ぜひ岩波文庫99ページの舞台写真をご覧いただきたい。ばあさんの隣で白もじゃひげのテレーギンが両手に糸を巻きつけて、しかもなぜかカメラ目線で微笑んでいます。

 「田園生活の情景」か。

 巻くよねー。

 そして、麺、打つよねー。

 といったところで今回はお時間です。

 次回はついに質問コーナー、ラスト。演出助手の古田希美恵さん(きみちゃん)の登場です。

またテレーギンの話になるんですが。

 ある意味この、しっとりと沈んだ生活のなかにいつづけるテレーギンは、この劇の基調なのかもしれません。

 ドラマとの絡みが少ないので『翳りの森』ではそれにあたる人物はいず、カット、カットされてありますが、チェーホフ的には大事な人物でしょう。そういうところがチェーホフなんじゃないか。

 だからさいごにこの、没落地主の、居候の、ギター係の、テレーギンの、第一幕における身の上話でお別れしましょう。

 ではまた72時間くらい後に・・・。

テレーギン まあ、お聞きよ、ワーニャ。わたしの女房は、このわたしの男っぷりに愛想をつかして、婚礼のあくる日、好きな男と駆落ちしてしまった。けれどわたしは、その後も自分の本分に、そむいたことはないよ。今になるまでわたしは、あれが好きだし、実をつくしてもいるし、できるだけは援助もしてやっている。あれと好きな男のあいだにできた娘の養育費に、わたしは財産を投げ出してしまったんだよ。そのため、わたしは不仕合せにゃなったが、気位だけは、ちゃんとなくさずにいる。ところが、あの女はどうだ。若さとも、おさらばだ。人間のご多分にもれず、器量も落ちてしまう。好きな男には、死なれてしまう。……いったい何が残ったろうね。


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