「206」日直日誌#1 「ワークショップとヤリナゲのはなし」
こんにちは。今回、(劇)ヤリナゲ第6回公演「206」の日直をすることになりました、中村といいます。
前回公演の「スーサイド・イズ・ペインレス」がとても面白かったので、手伝わせていただきたい旨を伝えたら、日直という仕事をすることになりました。日直というのは、稽古場にいてメモをしたり、ここに日誌を時々書き付けたりする仕事になる予定です。今後、日直として、この場などを通して「206」の様子を伝えていきますので、よろしくお願いします。
さてさて。6月某日、「206」の立ち上げがありまして、そこで(劇)ヤリナゲ主宰の越さんによるワークショップが実施されました。
このワークショップがとても面白かったので、今日はその話をしたいと思います。
主に二つのエチュード(脚本なしで即興で演じる劇)を行って、一つが「後輩くん」、もう一つが「終電逃しちゃった」という名前でした。
「後輩くん」は、両方とも役者をしているカップルが、互いに付き合っている事を周りには隠しているという設定で、二人で何かしらに行ってきた帰りに、今一緒に演劇に関わっている後輩に会ってしまうというシチュエーション。
ある程度関係性が出来上がった二人の会話に、何も知らない後輩が「あ、どうも」と声をかけて、そのあとに、カップルの男役は、越さんに指定されたタスク「後輩に自分と女が付き合っている事を明かして、このことを口外しないように口止めする」を実行しなくてはなりませんでした。これをどうバラそうかと伺っている男の顔、そしてそのバラしたタイミングに驚く女の顔と視線、それを言われて返答する後輩、の三者三様のとまどいのバランスやタイミングがおかしくて、稽古場は笑いに溢れていました。
個人的に一番笑えたのは、國吉さんと川村さんのペア+あおのさん後輩役で、川村さんがあおのさんとひとしきり「本番までどう」とか「ここの近くに住んでるの」とか関係のない話をしてから、急に「あの、ちょっと、あの、実は付き合ってるんだよね」と明かして、あおのさんが「あ、そうなんですねー」と言っている横で、國吉さんが激しく川村さんの左腕を引っ張って「え、いまいうの」と小声で言った瞬間です。この時の國吉さんの表情の変化から、川村さんを引っ張り、川村さんの表情が変化するまでが流れとしてとても綺麗で、だからこそへんてこでした。
「終電逃しちゃった」は、実家暮らしのAと近くに一人暮らしをしているBがベンチに座っていて、Aが終電を逃してしまった事を打ち明けるというシチュエーションです。
この二人は、まだ付き合ってはいないのかもしれないけれど、ひとまず悪くはない関係性で、この二人には「二人でBの家に行く」という着地点が最初から越さんによって指示されています。
よって、この着地点を目指す為に、二人で言葉の外で協力しながら、会話を進めていくのです。
この時、家に行かなければならない側は、直接的じゃない方法で相手との距離を縮めて、相手の家に行こうとします。4パターンほど、この「終電逃しちゃった」を見ましたが、男性が家に行きたい側を演じた場合はだいたい共通して「選択肢を消していく」という方法をとっていました。例えば、「ここで野宿する」「カラオケや漫画喫茶にいく」などと言って、相手側に「いや、それはよくないよ」と言わせることで、相手の家に泊まらせてもらう以外の選択肢を自分と相手の中で消していくという方法です。実は僕も「A」=「実家暮らしで相手の家に行きたい側」を体験させてもらったのですが、他の方法はないものかと考えてはみましたが、どうしても手っ取り早いなぁと思う「選択肢を消していく」方法を選んでしまいました。けれど、見ている側は、この方法をとった人(男の時は特に)を大抵「ずるい」「せこい」などと評価していて、現実の男女間でもよく起こりうるシチュエーション(だと思う)だけに、ここをずるいと思われつつ思いつつも、方法として選びがちであるところに気付かされました。
この二つのエチュードを通して、越さんは二つの話をしていました。
一つは「距離感」。人と人が話している間の距離感が何かの要因(例えば、予想もしていない人=今回でいうと後輩くん)で変わってしまう時に、これまでは親密だった人が急に他人になったり、親密は親密でも別種の親密さになったりする。(例えば、恋人同士の親密さと、同じ演劇をやる役者どうしとしての親密さ) その距離感が変化する時に、何かがほつれたり、何かが混ざることで、「おもしろい」ものが起きるんじゃないか。ということでした。
もう一つは「サブテキスト」。会話の中で、セリフとしての意味とは別に発される意味や、それまでの会話が行われる中で出来た文脈によって立ち上がる別の意味のことを言う(のだと解釈しました)のですが、少し説明が難しいので、「終電逃しちゃった」エチュードの中で実際に行われたやりとりを参考にしてお話します。
男側・・・駅の近くにあるマンションの部屋に住んでいる
女側・・・終電を逃していて、帰れない
なんやかんや仲良く話して、女が家に帰れなくなり、友達の家にも泊まれないとわかった後、
女「あ、そういえば、どこ住んでるんだっけ」
男「あ、マンションなんだ、住んでるの」
女「そうなんだ・・・一人暮らし?」
男「一人暮らし」
女「・・・おうちひろい?」
男「あ、うん、広いし、一つくらいなら部屋空いてるけど」
この時、女役が発した「おうちひろい?」は、意味上としては「家が広いかどうか」を聞いていますが、これまでのやりとりを見ている僕としては、女側の意図のようなものが見えてきて、この言葉の中で、何やらすごい駆け引きが目の前で行われているぞ・・・と気づいて、うきうきと笑ってしまったのです。 しかし、これは、言葉の意味だけたどるとよくわからなくて、 それまでの流れを見ていて、この二人の中にできているサブテキストをある程度把握しているからこそ、このおもしろさに気づかされるというか、スリリングさにワクワクを覚えてしまうのでした。
加えて、越さんは、発信側が意図しなくても、サブテキストは勝手に生まれることもあり、サブテキストというものは発信側の意識だと思われるけれど、実は受け手側の問題なんじゃないか、ということを語っていました。 僕はこれに対して、実はこれは会話だけで起きうることではないのではないか、と思っています。例えば、前述の「後輩くん」エチュードにて、後輩を演じたあおのさんが、川村さん國吉さんカップルに会う前に少しよろけていたのだけれど、それを見て、「あ、こわい。これは何か意図があるのじゃないか」と僕は考えてしまいました。勝手に頭の中で、後輩のあおのさんが、探りを入れるためにわざとよろけたんじゃないかと疑ったのです。あおのさんの行動一つによって、普通の会話の中に、別の層の情報が組み込まれたように感じ、それを意識して見ることで、「普通に会話をしているだけなのになぜだかこわいしおもしろい」という状態になったのではないかと。
こんな感じで、会話の中にあるおもしろさを分析しながら、みんなでそれぞれのエチュードを見て笑いながら、ワークショップは終わりました。
(劇)ヤリナゲの劇は「笑える劇」です。前回の「スーサイド・イズ・ペインレス」を見ながら、僕はげらげら笑いました。なぜ笑っているのかはよくわからなかったのですが、今回のワークショップで気づいたのは、別に目の前で話している人たちが、こちらを笑わせようとしているのではなくて、受け手側が勝手に「おもしろい」を見つけ出せるようになっている。つまり、ヤリナゲで笑っているのは、こちら側(受け手)の意識によるものであって、だからこそ、ゲラゲラ笑っている中で、たまに「あ、これ、自分もやってしまっているな」と思って、ぞっとすることもある。ぞっとしながらも笑ってしまう。(劇)ヤリナゲの笑いはどこからきているのか、少し解きほぐされた1日でした。
今後も、稽古の様子やキャストのインタビューなどを、気がついた時に更新します。
次回は、ぼくが「206」独自のあの制度に挑みます。 どうぞお読みください。
【追伸】
今回紹介した「終電逃しちゃった」エチュードについては、以前に越さんが(劇)ヤリナゲのブログで興味深い説明をされているので、ぜひそちらを読んでみてください。
http://yarinage.wix.com/home#!稽古場より(ヤリナゲの稽古)/c9bl/EC924541-6426-4B2D-BDB2-C3434D9C5646